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INSIDE ATOMIC
第59回全日本スキー技術選手権大会レポート
チャンピオンという名にふさわしい貫禄の勝利
~武田竜選手総合3連覇達成~
誰もが注目し、誰もが追いかけてきた男の背中はやっぱり遠く大きかった。
2連覇を達成し、全ての選手から追われる立場として迎えた今回の技術選。武田選手(以下武田)は、初日から終始一貫して、自身でリラックスしたムードを築き上げてきたように感じます。いや、これは今回の大会期間に限ってではなく、1年かけてきちんと自分自身を作り上げてきたという自信から成し得る、プレッシャーを超越した「絶対王者たる風格」なのだろう。
結果からみても、ウィニングマッチを含めた計10種目中、6種目でトップの得点を叩き出し、大きな失敗種目があったにも関わらず、2位の丸山貴雄選手に29点もの大差を付けての圧倒的な勝利でした。
多くの観客が入った今回の技術選。不思議と武田が滑走するときだけは観客エリアが静まり返る。技術選始まって以来の不思議な空間を演出する存在にまで成長していたと感じています。
だが、今回の武田の圧倒的勝利は、本番にきちんと合わせてき武田の選手としての本質的な才能や、初日から良いスタートが切れた「流れ」ではないと私たちスタッフは見ています。
自身がスタートへ向かう最後の最後まで雪面情報を入念にチェックし、スタートエリアで小柳トレーナーとぎりぎりまで身体を仕上げる。最後の最後まで集中力を切らすことなく誰よりもストイックに取り組んでいるからこその勝利であったと確信しています。
毎晩小柳トレーナーのフィジカルメンテナンスを終えた後、汗臭いスタッフ部屋に必ず立ち寄り、「明日もお願いします」と声をかけてくれる柔らかい面持ちの武田。このルーティーンは1日も欠かすことはありませんでした。今回の武田からは慢心や妥協は1mmも感じることがなく、スタッフへの気遣いまで含め、最初から最後まで「勝つためにできる全てのことをやった」結果であると、心から賞賛します。
技術的にも自身が追い求めるターン精度がかなり高いレベルで再現できたのではないでしょうか。
フィニッシュエリアでメディアインタビューに答える武田は、「状況が変わった雪面に対して、正しいコンタクトを見つけるのに1ターン2ターン使った」と答えています。今までの経験が培った技術は、既にどんな状況でも1ターンで修正できるレベルまで達しているのでしょう。
もうすでに次に向けた戦いは始まっています。誰も追いつけない領域まで突き進んで欲しい。
おめでとう、武田竜選手!
進化し続けるベテラン
~青木美和2年連続表彰台の3位~
未だ技術、体力ともに衰えを感じさせない。それどころか、年々進化を続ける驚異の40歳が女子TEAMを牽引してくれました。昨年、自身初となる表彰台を達成し歓喜に溢れた青木美和選手(以下青木)でしたが、今年もやっぱり凄かった。
自身のストロングポイントを活かし大回り種目3種目は全てトップ。他種目は粘りに粘ってパープレイを続けるベテランらしいメリハリのある戦い方であったと賞賛しています。
REVOSHOCK搭載のREDSTER G9 RSに絶対的な信頼を置く青木は、波打つナチュラルな雪面状況でも全く迷いのないアグレッシブな攻めをします。ATOMICとともに歩んできた40歳は、ここにきて、道具、技術、体力、精神力が全てマッチした、逆に少女のような純粋な気持ちで自身のスキーと向き合ているようなそんな滑りを披露してくれます。
旦那で現役選手である青木大輔選手の精神的な支えも大きいと感じています。ウィニングマッチでは大輔選手が用具をスタートまで運び、最後までサポート。アスリート夫婦ならではの強い絆を垣間見せてくれました。
今回は、序盤から若手の活躍が目立った技術選でありましたが、全ての種目が終わってみれば例年の実力者が1枚目にずらりを名前を揃える結果となっています。集中力を切らすことなく、全ての種目をコンスタントにこなしていくことの難しさこそが技術選の醍醐味であり、楽しさであり、難しさであると見ています。
1歳違いのTEAM最年長石水愛選手は、スタートで青木の背中を見つめてこう漏らしていました。
「1つしか違わない美和さんがバンバン得点出していくのを見ると、私も頑張らなきゃな…」
青木は、若手だけでなく、他のベテラン選手にも火を付ける、女子TEAMの大きな着火剤となってこれからも活躍してくれると期待しています。
残すはてっぺんのみ!
青木美和選手、おめでとう!
若手の成長
~ベストリザルト更新選手多数~
ATOMICアスリートでは、ベストリザルト更新選手が目立った今大会でありました。
どの選手も頂点を目指しているだけに、決して満足しているわけではないと思いますが、武田、青木に続いて2名の選手が入賞を果たしてくれました。
須川尚樹選手が8位入賞でベストリザルト更新。片岡嵩弥選手が自身初となる10位入賞。
須川選手は、予選から終始トップ10を外すことのない安定した戦い。時折見せてくれる爆発的な潜在能力を持っている選手だけに、来年は優勝争いに絡んでくれると期待しています。
スロースタートとなった片岡選手は、終盤での追い上げがとにかく凄かった。それはイチかバチかではなく、勝負に出てもきっちりと滑り切れる努力の結果であったと見ています。須川選手同様、来年は優勝争いに絡んでくれると期待しています。
岸野博代表取締役社長、Winterビジネス引退
~アメアスポーツジャパン㈱を牽引した現場上がりの熱い男~
ATOMICとSALOMONでの現場経験を持ち、アメアスポーツジャパン㈱の代表取締役まで上り詰めた岸野博社長が、今回の技術選の現場を最後に、Winter ビジネスの世界を跡にします。
良い時も悪い時も業界を知り尽くした男は、原点に返って最後を締めくくりたいと、自らの強い意思でこの場へかけつけてくれました。
今年より採用された男女5名ずつで争うウィニングマッチには、SALOMON選手も含め計4名ものアメア選手が進出。
3月では珍しい寒気と降雪に見舞われた天候の中、スタートで選手のブーツの雪を丁寧に払い、しっかりとスキーを履かせてスタートへ送り出した岸野社長。その目元には薄っすらと光るものを感じました。
「スキーが外れたら大惨事ですよ!」と最後まで周囲からいじられるキャラクターこそが岸野社長の人徳であり、自身が作り上げた最高のチームの雰囲気ではないでしょうか。
競技終了後にテント前で行われたメーカーセレモニーでは、大きな声で選手とスタッフに熱い想いと感謝を伝えてくれました。降り注ぐ雪がまるで桜吹雪のように岸野社長の引退に花を添えた感動的な空間でした。
岸野社長、お疲れ様でした。本当に長い間ありがとうございました。
引退という始まり
~4名の選手が競技生活にピリオド~
煌びやかの成績の裏には、寂しい引退のドラマがある。
今シーズン限りで競技の一線から退くATOMIC選手は4名。まだまだ上位で戦える選手ばかりだが、自身で決めた新しい舞台への挑戦がここから始まります。
大場優希
常にトップシーンを歩んできたちっちゃくて大きな存在、大場優希選手。
身体は小さいが、ダイナミックな滑りで自分を大きく表現することができる選手。世界で活躍する成田秀将選手の姉として認知されている方も多いですが、北海道を代表する技術選の女子第一人者です。
毎年だいたいどこかで泣いている。この根っからの負けず嫌い根性こそが彼女をトップシーンに居続けた最大の要因と魅力だと思っています。
優勝に手が届きそうなレベルに達していただけに非常に残念な引退ですが、持ち前のストイックな精神力で、次のステージでの活躍を祈ります。
村上祐介
プレイヤー、コーチ、映像クリエーターとマルチな才能を持ったムラキンこと村上祐介選手。
「ムラキン」として認知されている方の方が多いのかもしれません。
今ではスキー業界でも数々のYoutuberが誕生していますが、その先駆け、元祖といっても過言ではない存在。
北海道の仲間と立ち上げたTEAM金閣寺チャンネルをはじめ、自身のチャンネル登録者数、ファンの数は圧倒的。
村上選手が滑る時の歓声、LIVE配信のチャット数は群を抜いています。TEAMを超える個の力で業界のプロモーションを牽引してきてくれた村上選手は、最後まで楽しませてくれました。
毎晩欠かさず配信される、同部屋井山敬介選手との掛け合い。そして、最終種目の不整地小回り種目で勝手にラストランパフォーマンスをしたその姿は、一緒に戦う選手だけでなく、その場にいた全ての人たちの心に刺さりました。210点という今大会の最低点数が、何よりも大きく、眩しく輝いて見えた瞬間でした。
今後もクリエーターとして、業界を牽引するプロモーションに期待します!
手倉森楓果
触ったら折れてしまうのではないかというくらい細い身体で、スキー場以外で会えばアスリートという雰囲気を感じさせないほど華奢なかわいらしい選手。一旦滑り出すと、その華奢な身体からは想像できないほど力強い滑りで、柔軟性の高さからくる可動域の広さが、彼女を一段と大きく見せてくれます。
まだまだ年齢も若く、屈託のない笑顔からファンも多い。またいつか、この舞台に戻ってきて来てくれることも期待しつつ、彼女の次ステージでの活躍を期待します。
鈴木雄介
黒姫高原で若手選手を引っ張る兄貴分。
長野県選手団にとっても影響力のある精神的支柱が引退を決めました。
最後の年はあと5点という僅差で決勝進出を逃してしまいましたが、基本的なスキー操作がうまく、まだまだ戦えるだけに引退は非常に残念です。
今後は地元の若手育成だけでなく、スキー業界の発展にも力を注いでくれると期待しています。
太平さんが飛んだ
~半身不随からの羽ばたき~
「またこの景色を見れると思わなかったよ」
そう涙ぐんで話すのは豊野太平さん(以下太平さん)。
太平さんは技術選でも活躍した選手で、現役引退後はコーチとして数々の選手を育て上げてきました。
コーチとしての実績は広く、ATOMICだけでなく学連コーチとして新しい世代の選手たちを技術選に送り続け、本当に若手の育成に力を注いだ一人です。
スキーヤーの中では知らない人がいないくらい有名人で、春の通称「太平こぶCAMP」にはトップアスリートからのオファーが殺到します。また、毎年北海道にも足を運び、今回初入賞を果たした片岡嵩弥選手ら若手スキーヤーたちへのコーチングに
コーチ時代は、ゴールで椅子に座って冷静に戦況を見つめ、適格な流れと状況をスタートへ届ける。武田竜選手が初優勝した際、「太平さんの一言で決まったよ」と、力強く語ってくれたことをはっきりと覚えています。しかしいざ滑ると、その丸みを帯びたフォルムからは想像もできないような柔らかい雪面タッチと機敏な動きでこぶを攻めきる。現役最年長?の豊野智広さんを弟にもち、まさにスキー界の重鎮にふさわしい誰からも愛される存在が豊野太平さんなのです。
そんな太平さんが不慮の事故にあったのは2020年春。
崖からの転落で半身不随になり、車椅子生活となってしまったのだ。
誰にも伝えることなく、一人で黙々とリハビリを続けること半年。ようやく自身のSNSで近況を語りました。
そこで初めて事故のことを知ったスキーヤーが多かったのではないでしょうか。
現在はというと、車の運転もでき、少しずつ現場を見に来れる環境にまで自身を成長させています。どのスキー場に行っても、まだまだ国内では障害者サポートが行き届いたところは少ないです。しかしながら、必ずどこにいってもサポートしてくれる「人」が寄ってきてくれることは、太平さんが今までのスキー人生で培った宝です。
太平さんにもう一度技術選の世界を見てもらいたいというプロジェクトが始まったのはほんの数か月前。
ここで大きなサポートをしてくれたのが、江本悠滋さんの存在。予てから太平さんと親交がある江本さんは、国際山岳ガイドの資格を持ち、八方を舞台にBC、パラグライダー、クライミングと幅広く活躍するマウンテンスキーヤー。江本さんとATOMICブランドマネージャーである同郷田村との間で始まった太平さん極秘プロジェクトは、ここからスタートしました。
太平さんに伝えられたのは、「天気が良さそうだから八方に来ませんか?」ただこれだけ。
八方に到着した太平さんはそこで初めて自身が空を飛ぶことを告げられました。
「what’s?」期待通りのリアクションでした。
メディアからは連日大寒波の予報が報じられる中、唯一太平さんが飛ぶ日だけが奇跡的な晴れ予報。八方尾根という大きな山から太平歓迎ムードが漂う中、着々と準備は進められました。
いざフライトへ!
もちろん怖さもあったと思いますが、勢いよく飛び立ったその瞬間から太平さんの歓喜の声が届きました。
誰よりも高い位置から自分が戦ってきた八方の大舞台を眺め、米粒ほど小さく見える沢山の選手達が自分に向かって手を振り続けてくれている姿をしっかり確認しています。そして太平さんはフライト後にこう語っています。
「白馬の山にウェルカムされた気がするよ」と。
もう二度と見ることができないと思っていた景色を事故から2年も経たずに、しかも誰よりも高い位置から堪能できた太平さん。またスキーという世界へ、今度はチェアスキーに乗ってアスリートとして戻ってくる日もそう遠くはないのかもしれません。
これからも益々の活躍を期待しています。
スキー業界において国内最大級のエンターテイメント「技術選」が、久しぶりに観客を制限することなく開催できたことは、関係者のご尽力はもとより、感染対策という部分でもスキーヤー一人一人のモラル意識が高いレベルにあると感謝、感嘆しています。
生活様式が変わる中でも、スキーという最高のアウトドア娯楽がこれからも同じように楽しめるよう、スキーを愛する全員で、これからも一人一人ができることをやっていけたら素晴らしいですね。
そして、世界の平和を心より祈ります。